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東京高等裁判所 昭和43年(ラ)196号 決定

第一九五号事件抗告人 樋渡利彦

第一九六号事件抗告人 佐野武子

相手方 扶桑興業株式会社

主文

本件各抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告代理人は本件各抗告の趣旨として、いずれも、「原決定を取り消す。相手方の本件仮処分執行方法に関する異議申立を棄却する。」旨の裁判を求め、その理由として、別紙引用の抗告理由書記載のとおり主張した。

よつて按ずるに、本件記録によれば次の事実が明らかである。すなわち、東京地方裁判所は、先に、債権者抗告人佐野武子、債務者抗告人樋渡利彦間の同庁昭和四三年(ヨ)第五八五号仮処分申請事件につき昭和四三年二月二日付で、東京都港区新橋一丁目一五番八号所在の家屋番号同町二六番四鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付七階建事務所兼居宅(床面積八〇九・二二平方メートル)のうち一階六六・一一平方メートルおよび地下一階一〇一・四七平方メートル(以下本件建物という。)につき、「本件建物に対する債務者の占有を解き、東京地方裁判所執行官に保管させる。執行官は債務者にその使用を許さなければならない。ただし、この場合においては執行官はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分決定(以下第一仮処分という)をなし、第一仮処分は同月三日執行されたところ、次いで債権者相手方、債務者抗告人樋渡利彦間の東京地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一、六三七号仮処分申請事件につき、同裁判所は昭和四三年三月一一日付で、「本件建物に対する債務者の占有を解いて東京地方裁判所執行官に保管させる。執行官は債権者にその使用を許さなければならない。ただしこの場合においては執行官はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定(以下第二仮処分という)をなした。相手方は同月一二日東京地方裁判所執行官に第二仮処分の執行を申し立てたところ、執行官において第二仮処分は第一仮処分の執行と牴触するものであるとして、その執行を拒絶したので、本件執行方法の異議を申し立てた。原裁判所は、右申立を容れ、第二仮処分の執行は第一仮処分の執行と牴触するものではないとの理由の下に、同月二二日付で「東京地方裁判所執行官は第二仮処分の執行をしなければならない。」旨の原決定をした。

按ずるに、同一目的物件につき相前後して二個の仮処分決定が発せられた場合に、第二次仮処分決定の執行により既になされた第一次仮処分の執行による法律上の効力が廃止または変更せられるに至るべきときは、第一次仮処分執行の効力を無視し、第一次仮処分債権者の権利を害する結果となるから、かかる第二次仮処分の執行は、第一次仮処分の執行と牴触する範囲において許されないものと解すべきことは、抗告人ら主張のとおりである。しかしながら、冒頭判示の如く、第一仮処分および第二仮処分は、いずれも本件建物に対する抗告人樋渡利彦の占有を解き執行官にその保管を命ずるものである点では軌を一にし、第二仮処分の執行は民事訴訟法第五八六条第二項、第三項の各規定を準用してなさるべき関係にあるから、第二仮処分の執行により第一仮処分執行の効力を廃止または変更するが如き法律上の効果を生ずる余地のないことが明らかである。もつとも、第一仮処分においては、債務者である抗告人樋渡利彦に本件建物の使用を許しているのに反し、第二仮処分は債権者である相手方にその使用を許すものであることは、上記のとおりである。しかし、第一および第二の各仮処分債権者、すなわち、抗告人佐野武子および相手方としては、仮処分目的物件に関する債務者の占有を解いて、これを執行官の占有に移しておくことが、債務者による執行妨害を防ぎ、第三者の介入をたつて、債権者による請求権を保全するための共通の関心事であるべきであつて、この点に変更がない限り、執行官の占有下に移された目的物件について、これをかりに債務者の使用に委ねるとしても、はたまたかりに第二仮処分債権者の使用に委ねるとしても、いずれの方法も第一仮処分債権者のための保全目的をそこなうものでないし、そのいずれの使用も、もとより終局的権能を与えられたからではなくて、あくまでも仮りの措置に外ならない。したがつて、第一・二各仮処分の各定めるところがこの点において相違したからとて、抗告人佐野武子(第一仮処分債権者)としては、第二仮処分が第一仮処分に牴触する旨をもつて、前者の執行に異を唱えることは、許さるべきではない。つぎに、第一・二各仮処分債務者である抗告人樋渡利彦の立場について考える。本件記録によれば、第二仮処分債権者は、第一仮処分より前に抗告人樋渡利彦を債務者として、債務者は、本件建物に立ち入つたり、債権者のみぎ建物の使用および占有を妨害してはならない旨の仮処分命令(以下これを先行仮処分という。)を得て、これを執行したことが認められる。ところで前判示の第一仮処分は、かりの措置にもせよ、債務者による目的物件の使用を認めることを内容とするから、債務者がこの仮処分執行の結果として、目的物件を使用する以上、さきに債務者に立入り等を禁じた不作為を命ずる仮処分に違反することになる。ここにおいてか、先行仮処分債権者(相手方)としては、命令に対する債務者の違反行為のゆえに、目的物件から債務者を退去させる趣旨で第二仮処分命令を求めたものと解せられる。してみれば、第一仮処分における債務者による目的物件の使用許可が第二仮処分においては認められなくても、前示先行仮処分債務者でもある抗告人樋渡利彦としては、その間に牴触があるとして、第二仮処分の執行を拒みえないものといわねばならない。

上来説明したところにより、第二仮処分は、その趣旨において第一仮処分と、一部その内容に相反するものを含むけれども、なお抗告人らは、それぞれその執行を阻むべき理由を有しない。よつて、相手方のなした執行方法に関する異議を認容した原決定は、結局相当であり、これに対する抗告人の各即時抗告は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中西彦二郎 兼築義春 高橋正憲)

別紙

抗告理由書

一、本件決定正本ノ『理由』ノ項ニ記載アルガ如ク別紙物件目録ニ記載ノ物件(建物)ハ、仮処分債権者佐野武子ト仮処分債務者樋渡利彦間ノ東京地方裁判所昭和四三年(ヨ)五八五号不動産仮処分命令(以下第一次ノ仮処分ト簡称スル)ノ執行ニヨリ同年二月二日執行官ノ保管ニ附サレ仮処分債務者樋渡利彦ノ使用ガ許サレテ居ルノデアル

而シテ此先行第一次仮処分命令ガ執行サレテ居ルノニ、其ノ直後昭和四十三年三月十一日ニ右第一次仮処分ノ目的物ト全ク同一ノ物件ニ対シ本件被抗告人ハ、被抗告人ヲ債権者トシ樋渡利彦ヲ債務者トスル東京地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一六三七号不動産仮処分命令(以下第二次仮処分命令ト簡称スル)ヲ得テ前記先行第一次仮処分ノ目的物ト全ク同一ノ物件(建物)ヲ執行官ニ保管サセ、債権者タル本件被抗告人ノ使用ヲ許ス旨ノ主文ニヨリ其ノ執行ヲ執行官ニ委任シタ処、執行宮ハ此第二次仮処分ハ前ノ先行第一次仮処分ニ牴触スルカラ執行出来ナイ事ヲ理由トシテ此第二次仮処分ノ執行ヲ拒絶シタ

以上ノ事実ハ本件異議申立事件ノ決定正本理由ノ項ニ明ニ記載サレテ居ル通リデアル

二、シカシ、本件異議申立事件ノ決定正本ノ理由ノ項ニハ

『既ニナサル居ル仮処分執行ハ(第一次仮処分ノ意味)佐野武子ト被申立人間申立人間ノモノデアリ、其ノ決定ノ効力ハ右当事者間ダケニシカ及バナイカラ申立人ト被申立人間ノ主文掲記ノ仮処分決定ト牴触スル筈ガナイ、コレト牴触スルトシテ執行シナイ執行官ノ措置ハ誤リデアル』

ト言フ記載ガアルガコノ『理由』コソ仮処分ニ関スル法理ヲ全然解セザル明白ナ誤リデアルト言ハザルヲ得ナイ。即チ

〈1〉 本件先行ノ第一次仮処分ノ如キ不動産仮処分命令ノ場合ハ執行官ノ物件(建物)ノ占有ハ公法的デアル特殊性ヲ有シ、第三者モ右執行官ノ占有ニヨル権限ニヨツテ拘束セラルルコトハ論ヲ待タナイ(判事柳川真佐夫氏著新訂保全訴訟第四章仮処分ノ効力。第三節第三者ニ対スル効力。三九八頁以下特ニ四〇三頁以下参照)ノデ本件先行ノ第一次仮処分ノ如キ仮処分執行ノ効力ハ対世的デアリ、其ノ性質上絶対的効力ヲ認メザルヲ得ナイコトハ法律家ノスベテガ認メテ居ル法律常識デアル

シカルニ本件異議申立事件ノ決定正本ニ記載ノ事柄ハ斯ル法律常識ニ反シ、『本件先行ノ第一次仮処分ノ如キハ事件当事者雙方間ノミニ於テ効力ヲ有スルモノダ』ナドト書カレテ居ルガカカル議論ハ法律上全ク非常識デアリ、全ク仮処分ノ法理ヲ弁ヘザル誤ツタ議論デアリマス

従ツテ右ノ如キ議論ヲ『理由』トスル本件異議申立ニヨル決定ハ当然取消サル可キデアル

〈2〉 又二ツノ仮処分命令ガ競合スル時、先行第一次ノ仮処分命令ニ牴触スル第二次仮処分ハ其ノ牴触スル限度ニ於テ効力ヲ認メラレナイノハ法律上当然認メラレテ居ル原則デアル(判事柳川真佐夫氏著新訂保全訴訟第五章保全処分ノ競合第二、仮処分ノ競合、四一三頁参照。菊井維大、村松俊夫両氏共著『仮差押仮処分』ノ仮処分ノ競合四〇七頁(旧版)参照)

殊ニ右判事柳川真佐夫氏著ノ前掲『保全訴訟』ノ第四一四頁ニハ『マタ第一次仮処分ノ廃止変更ノ目的ノ為ニスル第二次仮処分ハ債務者ノ申立デアラウト第三者ノ申立デアラウトニ拘ハラズ許容シ得ナイ』トノ記載サレテ居ルガ本件第二次ノ仮処分命令ハ執行ヲ許サル可キデハナイコトハ明白デアル

〈3〉 又次ギニ本件第二次ノ仮処分ガ本件第一次ノ仮処分ニ牴触スルカ否カノ問題デアルガ第一次ノ仮処分命令ト第二次ノ仮処分命令トハ其ノ目的物件ガ全ク同一デアル。シカモ第一ノ仮処分ハ右命令ハ右仮処分ノ目的物件(建物)ヲ右仮処分ノ債務者樋渡利彦ノ使用ヲ許シテ居ルガ第二次ノ仮処分ハ右ト同一ノ物件(建物)ヲ右仮処分ノ債権者扶桑興業株式会社ノ使用ヲ許シテ居ルコトガ記載サレテ居ルノデ何人ガ考ヘテモ此ノ二ツノ仮処分ハ全ク全部ガ牴触シテ居ルコトハ明白デアル。』

以上ノ事実ニ基キ本件異議申立事件ノ決定正本ノ『理由』ノ項ニ記載ノ事実ハ法律上全ク成立シナイ、従ツテ本件異議申立事件ノ決定ハ当然取消サル可キデアル因テ抗告人ハ本即時抗告ヲ提起シ抗告ノ趣旨ニ記載ノ如キ御決定ヲ求ムルモノデアリマス

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